水谷歯科医院 

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院長ブログ

 🌼 一本の歯に寄り添う
投稿:院長

「そっと、歯に触れる時間」

診療の中で、一本の歯にそっと触れる瞬間があります。


強く磨くわけでも、大きな音を立てるわけでもなく、ただ静かに、丁寧に。


患者さんが明日も気持ちよく過ごせるように、少しでも軽やかな笑顔になれるように、そんな思いを込めて、歯の表面をやさしく整えていきます。


歯は、毎日の食事や会話を支えてくれるとても大切な存在です。だからこそ、小さなケアの積み重ねが未来の安心につながっていくのだと思っています。


今日もまた、目の前の一本にそっと寄り添いながら、

患者さんの毎日が少しでも心地よくなるように静かに手を動かしています。





2026年3月26日(木)

 細部に宿る力に導かれて
投稿:院長

幼いころから、私は手先が器用な子どもだった。機械いじりやプラモデルの細かい作業に没頭し、特に「戦艦大和」のパーツを組み立てる時間は、周りの音が消えるほど夢中になっていた。


テレビよりも、友達との遊びよりも、“細部を積み上げていく世界”が好きだった。国語や社会は苦手で、古文の授業では「これは本当に日本語なのだろうか」と首をかしげながら、こっそり数Vの問題を解いていたこともある。


父は会計事務所を営んでいた。家業を継ぐには文系科目が必須で、数学や物理が得意だった私は、塾講師を目指す夢を両親に反対され、心のどこかで“親に逆らうことは許されない”と思い込んでいた時代でもあった。


そんな頃、世の中では医療ドラマや美容医療が注目され、「人の役に立つ仕事」という言葉が私の胸の奥で静かに響き始めた。


私立医大には合格したものの、どうしても国立には届かず、進路に迷っていたある日のこと。母がふと、こんな言葉をこぼした。


「タカシ君、歯はどう?医師も素晴らしいけれど、歯も人の健康を支える大切な臓器よ。私は今、食事がうまくできなくて困っているの。」


その一言が、私の人生の向きを変えた。


“歯で人を助ける”という視点は、それまでの私にはなかったものだ。けれど、戦艦大和の細部に心を奪われた少年が、今は患者さんの口元の“細部”に向き合っている。思えば、あの頃からずっと、私は“細かいところに宿る力”を信じていたのかもしれない。


母の言葉は、私を歯科の道へ導いた。そして今、その“言葉の力”を、患者さんの笑顔へとつなげていきたいと思っている。





2026年3月26日(木)

 「寝坊の言い訳に父が登場する日」
投稿:院長

✨【寝坊と父と、皆勤賞の私】

今年に入って初めて――いや、1年で初めての寝坊をしました。プロとしては問答無用の“打ち首獄門級”の大事件です(笑)

でも布団の中でふとよぎったのは、自分の父の姿でした。

■ 小中9年間、皆勤賞だったのは“私”

実は、小学・中学の 9年間皆勤賞は私です。ただ、その裏には“鉄の掟”のような父の存在がありました。

熱があって顔が真っ赤でも、父は絶対に休ませてくれませんでした。

「だめだ。休みなんて人間のぐずだ。たった一日のゆるみが、人間を堕落させる。」

今なら完全に炎上ワードですが(笑)当時の父は本気でそう信じていた。

父は地域の“秀才”。勉強バッチリ、運動バリバリ、イケメンでモテモテ。職業は公認会計士という厳密な仕事。飲む・打つ・買うなんて論外。

母(ミス00)が広島から“家出同然”で父の元に来たのも、まあ、わかる気がします。

赤木圭一郎に憧れてボクシングまで習っていたという、昭和のハイスペック男子の完成形

■ 逆立ちしても勝てない父

そんな父の背中は、私にとって“逆立ちしても勝てない存在”でした。

厳格で、努力家で、完璧主義。でも同時に、人にやさしく、親切で、特に女性にはやさしい(笑) そんな父の姿を、私はずっと見て育った。

■ そして今日の寝坊

そんな父の息子である私が、今日、寝坊をした。

父ならきっとこう言うでしょう。

「たかし、ぐずだな。」

でも不思議と、その言葉が今は少しあたたかく聞こえる。

父の厳しさは、“人に迷惑をかけないための覚悟”であり、

“自分を律するための哲学”だったのだと大人になってようやくわかるようになりました。

私は父のように完璧ではないけれど、父から受け継いだやさしさと、人への親切さだけは大切にして生きていきたい。

寝坊した朝に、そんなことをふと思い出したのでした。





2026年3月24日(火)

 「私の人生、いつもこう」
投稿:院長

昨日は、介護施設にいる義母を新品の入れ歯を入れに連れて、当院へ。もう90歳を超えているのに、最近は驚くほど食欲旺盛。その姿を見るだけで、こちらまで元気をもらえます。


本当は私、どうしても“あの店のジャンボ牡蠣”が食べたかったのですが、残念ながら今季は終了とのこと。夢にまで見たあの牡蠣…

こういう時だけは、季節の移ろいが恨めしくなります。

すると、気を利かせた友人でもある店主が、「牡蠣はないけど、これ食べていきなよ」と大エビフライにキャベツてんこ盛り、さらにスパゲッティまで山盛りにしてくれました。

こういう心遣いが、なんとも嬉しい。


朝はご存じ、いつもの卵サンド。そして夕方には、普段あまり行かないコメダ土岐店へ。(事前清算がどうも苦手で、つい足が遠のくのですが…)

ところが行ってみたら、なんと“豆”がない。あのコメダ名物の豆が、まさかの欠品?いやいや定員さんの凡ミス本当に、人生は思い通りにいかないものです。

でも、そんな小さな試練も笑い飛ばして、「まあ、こういう日もあるさ」と楽しめるのがまた良いところ。義母の元気な姿に励まされ、友人の心遣いに温まり、最後は豆がなくても笑って帰る。


そんな一日も、悪くない。むしろ、ちょっとだけ幸せが詰まっていました。

振り返れば、私の人生いつもこう。小さな試練も、笑いに変えて今日まで来ました。







私の人生いつもこう の中心人物・・・豆を忘れられた・・・




2026年3月23日(月)

 『ボテジューと勤務医時代
投稿:院長

 勤務医時代、ボテジューとともに

勤務医時代の僕は、どんなに時間がかかりそうな仕事でも、なぜか テキパキこなしてしまうタイプ だった。


周りの先生からは、

「水谷くん、なんでそんなに段取りいいの?」と聞かれるけれど、

本人はまったく自覚がない。

むしろ、“ぼでじゅーの鉄板の上で踊らされてるだけ”みたいな感覚だった。


カルテを書けば、

なぜか必要な書類が全部そろっているし、技工室に行くとちょうど技工士さんさんが手が空いている。


運がいいのか、段取りがいいのか、ただの宇宙人なのか──自分でもよく分からない。


そんなある日、先輩に言われた。


「水谷くんは、仕事が早いんじゃなくて、

“無駄がない”んだよ。」


なるほど。どうりで僕の白衣のポケットには、メモとボールペンと、

よく分からないレシートしか入っていなかったわけだ。


ぼでじゅーの鉄板みたいに、毎日がジュージュー音を立てていたけれど、あの頃の“テキパキ仕事術”が、今の僕のリズムを作ってくれた。


派手な武勇伝なんてひとつもない。ただ、やるべきことを淡々とこなし、必要な人にだけ丁寧に向き合う。

それが、あの頃の僕だった。


「当時は少し有頂天だったかもしれません。」


「あの頃は前だけ見て走ってたけど、今は人の優しさや季節の変化に気づけるようになった。」



2026年3月21日(土)

 「泡と一緒に流れるもの」
投稿:院長

「休みの日のよどみ落とし」

今日は仕事がない、はずだった。

“はず”というのは、休みの日ってなぜか、心の奥に小さなよどみが溜まっていることに気づくからだ。

モーニングを食べながら旧車の本をめくっていても、ページの隙間から「あれ、あの仕事どうなってたっけ…」 みたいな声が聞こえてくる。

休みなのに、休めてない。これが大人の悲しい性。

そんな自分を連れて、洗車へ。

車が泡まみれになっていくのを見ながら、「ああ、これ、今の自分の頭の中だな」 と妙に納得した。

水が流れ落ちるたびに、心のよどみも一緒に流れていくような気がして、

最後には「まあ、いっか」 の境地に到達。

休みの日って、結局こういう“整う儀式”が必要なんだと思う。







うちのVWゴルフ・ワゴン、8年目。そろそろ疲れてもいい頃なのに、まだまだ元気。

最近はガソリンも高いので、“お姫さん”のように丁寧に扱ってます。

急加速なんてさせません。「あなたのペースでどうぞ」スタイル。

車に優しくすると、なぜか自分の心まで整うから不思議です。



2026年3月20日(金)

 鏡に映る、今日という一瞬
投稿:院長
診療前の、まだ空気がひんやりと澄んでいる時間帯。  
ふと鏡の前に立つと、帽子をかぶった自分が静かにこちらを見返していた。

若い頃は、鏡に映る自分をまじまじと眺めることなどほとんどなかった。  
ただ身だしなみを整えるための“道具”でしかなかった鏡が、  
いつの間にか、日々の歩みをそっと映し返す“相棒”のような存在になっている。

帽子の影が少しだけ目元を柔らかくし、  
ジャケットの紺が、朝の光を受けて深い色を帯びていた。  
鏡の表面には小さな汚れがいくつか残っている。  
それが妙に愛おしく感じられたのは、  
人生もまた、完璧ではないからだろう。

忙しさに追われる日々の中で、  
こうして立ち止まる瞬間は思った以上に貴重だ。  
鏡越しの私は、どこか穏やかで、  
少しだけ肩の力が抜けているように見えた。

「今日も、きっと大丈夫だ」

そんな小さな確信が、胸の奥に静かに灯る。  
シャッターを切ったのは、その灯りを忘れないためだったのかもしれない。

鏡に映る“今日の私”は、  
昨日とも、明日とも違う。  
ただ、この瞬間だけの表情をしていた。




2026年3月20日(金)

 「ゆったりしたい朝に限って、何かが足りない。」
投稿:院長

✏️《オフの日は、少しゆったりと…》

オフの日くらいは、ゆっくりしよう。そう思って席に座ったのに、最初に目に入ったのは――

ストローが、ない。

「あれ、どこ行った?」と一瞬だけ探すけれど、まあオフの日だし、慌てるのも違う。

次に気づくのは、ドレッシングが、ない。

サラダを前にして、“このままいくか…いや、やっぱり欲しいな…”と小さく葛藤する自分がいる。

でも、こういう“ちょっとしたゴツゴツ”が、なんだかんだで 私の人生観そのもの だと思う。

完璧じゃない。でも、それでいい。むしろ、そのほうが味がある。

新聞をめくりながら、「まあいいか。今日はゆっくり噛んで、ゆっくり生きよう」と、ようやくスイッチがオフになる。

オフの日は、少しゆったりと。そして、少しだけ笑いながら。





2026年3月19日(木)

 夜間の食いしばりについて
投稿:院長

🌙 夜のあごの緊張について

眠っているあいだの私たちは、思っている以上に心と体の影響を受けています。

日中に抱えた小さなストレスや、気づかないうちに積み重なった緊張が、夜になると“歯ぎしり”や“食いしばり”という形であごに現れることがあります。

朝、あごがこわばっていたり、歯がしみたり、欠けてしまったり。そんな小さなサインは、体が静かに発しているメッセージなのかもしれません。

本来、眠りは心と体を整える時間。その時間が少しでも穏やかで、深く休めるものであってほしいと願っています。

もし気になる症状があれば、どうぞ無理なくご相談ください。あなたの夜が、やさしい休息の時間に戻りますように。





2026年3月18日(水)

 「できたよ」の笑顔が育てる、むし歯になりにくい毎日
投稿:院長 

小さな頃に身につけた習慣は、大人になってもずっと残ります。歯みがきもそのひとつです。だからこそ、私たちは“正しい磨き方を楽しく覚えてもらう時間”をとても大切にしています。

模型を使って一緒にブラシを動かしてみると、最初は少し緊張していた子どもたちの表情が、ふっと柔らかくなる瞬間があります。「こうやって動かすんだよ」と伝えると、真剣にうなずきながら、同じように手を動かしてみる。そして、できた瞬間に見せてくれるあの小さな笑顔。その表情には、自信と嬉しさがしっかり宿っています。

こうした“できた”の積み重ねは、ただ技術を覚えるだけではなく、自分の身体を大切にする気持ちを育てる時間でもあります。歯みがきが「やらされるもの」から「自分でできるもの」へ変わると、毎日のケアがぐっと楽になり、むし歯になりにくい未来へとつながっていきます。

子どもたちが楽しみながら学び、その姿を見守る親御さんが安心できる。そんな小さな時間を、これからも丁寧に積み重ねていきたいと思っています。



  小さな習慣がつくる、大きな未来


2026年3月18日(水)

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